Why Learning?

“Intellectual growth should commence at birth and cease only at death. I think and think for months and years. Ninety-nine times, the conclusion is false.The hundred time I am right.”

〜Albert Einstein〜

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「元来人が持っている力にそんなに大きな違いがあるだろうか?」

我々がこれまで事業会社で行ってきた、グローバル環境下での人材育成の現場で、延べ1万人近い学生たちの新卒採用選考を通じて、人材採用や育成の現場で湧いてきたふとした疑問がその始まりです。

皆さんの周りにもこんな人、いませんか?

  • 受験勉強では素晴らしい成果をあげながらその後くすぶり続けている人
  • 就職活動のときには人も羨む輝かしい会社から多数の内定をもらいながら仕事を始めた後に伸び悩む人
  • 英語が得意でグローバルな現場で活躍することが期待されながら思うほど期待に応えられない人、一方で元々英語が得意でなくても急速に卓越したコミュニケーション技術を身につけて力としていく人
  • 将来を嘱望されて同年代よりも早く高い地位に付きながらそれまでの形とは違う職務の形にうまく適応できずもがいている人、それまで得た知識や人脈を上手に活用しながら新しいポジションに適応し新たなチャレンジを楽しんでいる人
  • 過去に自ら作り上げた成功の方程式から離れられない人、一方で過去の方程式を活用しつつ上手に新しい要素を取り入れながら新しい価値創造に取り組むことができる人 

同じ機会があっても、それを活かすことができる人とそうでない人の間にある差とは何だろうか?

 そんなときに、アインシュタインの言葉が我々の疑問に答えを導いてくれました。

思えばパスツール、エジソン、ダーウィン、キュリー夫妻、本田宗一郎、ネルソン・マンデラ、スティーブ・ジョブズ、マイケルジョーダン等々。

あらゆる分野の偉人といわれる人々に共通していると思われがちなのが、常人離れした奇想天外な発想力や、不屈の精神力、あるいはたぐいまれなる行動力であったりします。

 

しかし、そんな大それたことよりも前に。

 

偉人と言われた人々に広く共通して見られたことは、365日、日常の小さなことからLearningをし続けている姿でした。

 

うまくいったことも、そうでないことも。次なる進化のためのLearningを積み続けた結果であると。

 

 

例えばメジャーリーグで活躍し続けるイチロー選手、彼の日々の言動を振り返ってみると、身の回りに起こるありとあらゆるうまくいかない事象からのLearningを追求している姿が見えてきます。彼の安打の数は、膨大な仮説検証の積み上げに裏打ちされた、Learningの賜物なのではないかと。

 

あなたの周りの人よりも高い成果を上げる人を思い浮かべてみて下さい。その人が必ず他の人よりも“Learning”をしている姿が見えてくるはずです。

 

少子高齢化、経済競争のグローバル化、厳しい局面を迎える地域経済、新たに台頭してきた圧倒的なスピードで様々な変化が起こっていきます。社会はますます複雑になり、リスクはますます高くなっていき、ますます人々や社会、あるいは企業は“間違える”ことを恐れるようになるのではないでしょうか?

 

 

しかし。

 

 

不測の自体やうまくいかないことをLearningの機会と捉え、次なる進化のために歩みを進めたとしたら。

もし、人々が少しだけ日々小さなことから学び行動する力を身につけることができたら。

 

未来はそう暗いものでもないかもしれません。

 

我々は、人々が生まれながらに持っている力、学び行動し変わり続ける力を信じています。

 

 

だって、誰も子どものときに呼吸の仕方や歩き方を教わったりしなかったでしょう?